鹿をどれだけ待ち望んでいるかという話

去年はジビエ時期に入るちょっと前からなんとなく菜食ターンに入っていたもので鹿鹿シカシカいってはいたけれど食べなかった。食べませんでしたとも。フレンチにさえ近づかなかった。当然菜食だったらフレンチで食べられるものなんてちぢれたレタスと白菜の芯的なあれしかないわけだけれども。とにかく食べないままシーズンインして1週間もしないうちに代官山某店のシェフから電話があり「鹿食べにこないの」「あーちょっと今肉やめてまして」「そっか。それならなら来年だね」「そうですね」「でちづきちゃんちの近所に鹿よく出してるとこあるけどどう」「うーん、味が濃ければ名店ってやつですかね」「そうか」という会話をして、気づけばまた秋になっている。鹿です鹿。黒いトリュフと紅い鹿。フランス料理でなければ意味がない鹿。あと鶉。ジビエで好き、といより私ごときに味がわかるものはそれくらい。入り浸るにはランチの切り上げが早すぎてディナーの予約はとれなくて、それくらいのほのかなラッキーさで通える店で食べられることに意味がある。とかいいながら国立の某店も気になってんですけどね。

9月10月とレッスンにイレギュラーはありません。月曜上野は新しい曲に入ろうかな。短いドラムソロを振り付け直したのでそれを練習しつつ、ワルダがひとりで踊れるようになるといいです。水曜中野は考え中。夜はサイディにしようかな。やりたいことを詰められる力をつけてもらいたい。

社会に出るということは例えば本を1週間に1冊も読まないという人とつきあっていくことだ。日本語じゃない音楽なんて興味がないのよという人ともつきあっていくことだ。てめーなにいってんだそんなことより常識みにつけてこいよ!と返されてもお互い様だ。バカのふりをしろということでもないし、みえてしまうものにみないふりをしろってことでもないよね。ただし、ちはやふるの最新巻じゃないけど生みの苦しみを知りなさいってことだ。なんて思って「でも書ききる力がないんです」と大先輩に泣き言をいってかえってきたお言葉は「未完で出す勇気を持てばいいじゃないか」。はあ。どうなのそれ。踊りでも生活でも未完でいきますか。いや、駄目だわ頑張ろう。

あんまり最近本は読んでないような。ご紹介する本もなく。期待して読んだら2Pでやめた海外のYAが1冊、英国執事研究ものが4冊くらい、漫画は詰んでますしWJに毎週胸つままれてますし鷗外先生は毎日読んでる。そうこうしてるうちに鹿です。

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